弁護人から見た司法取引のポイントと課題



はじめに

平成28年の刑事訴訟法改正で導入された捜査・公判協力型協議・合意制度(いわゆる日本型司法取引)、及び刑事免責制度が平成30年6月1日に実施される。

しかし、弁護人の立場、検察官の立場から見た場合、この制度を使うにあたっての問題点は大きく、利用されることはあまりないのではないかと考えている。以下詳述する。

日本型司法取引とは

被疑者・被告人が、共犯者等の他人の特定の犯罪事実について一定の協力をすることと引換え検察官が処分や訴追に関する恩典を与えることを両者が合意する制度である。(350条の2~350条の15)

例)Aが、覚せい剤の(営利目的)所持罪で逮捕された。
捜査機関は、(現実に覚せい剤を所持し売却している)末端の売人を逮捕した場合、組織の上層部を検挙するための捜査(いわゆる突き上げ捜査)をおこなう。
Aが捜査機関に対し、上層部(B)の具体的な犯行への関与を取調べ又は公判廷で供述する見返りに、A自身の覚せい剤所持罪についてAを起訴しないことを約束する。
※ なお、協議の持ち掛けは、検察側と被疑者(被告人)側のどちら側からも可能であるが、立法過程からすると、取調べ可視化と引き換えの主として検察側の便宜のための制度であり、被疑者(被告人)側が、検察側の認知すらしていない犯罪について情報を示唆して合意を持ち掛けたとしても、検察側が応じる可能性は高くはないと思われる。

350条の2

検察官は、特定犯罪に係る事件の被疑者又は被告人が特定犯罪に係る他人の刑事事件について一又は二以上の第一号に掲げる行為をすることにより得られる証拠の重要性、関係する犯罪の軽重及び情状、当該関係する犯罪の関連性の程度その他の事情を考慮して、必要と認めるときは、被疑者又は被告人との間で、被疑者又は被告人が当該他人の刑事事件について一又は二以上の同号に掲げる行為をし、かつ、検察官が被疑者又は被告人の当該事件について一又は二以上の第二号に掲げる行為をすることを内容とする合意をすることができる

内容

主な対象犯罪(350条の2第2項)

司法取引の場面では、上記の例でAに相当する者(以下「協力者」という)と、Bに相当する者(以下「標的者」という)が登場する。協力者、標的者の双方とも、対象犯罪に該当する必要がある。

  • 強制執行妨害、競売等妨害
  • 公文書偽造、虚偽公文書作成等
  • 贈収賄
  • 詐欺、恐喝、横領、背任
  • 金融商品取引法の罪
  • 大麻取締法、覚せい剤取締法、麻薬及び向精神薬取締法、銃砲刀剣類所持等取締法

協力者側が行う協力行為(350条の2第1項1号)

  • 捜査機関の取調べに際して真実の供述をすること
     ※「特定の供述」ではない
  • 証人として尋問を受ける場合において真実の供述をすること
     ※「特定の供述」ではない
  • 捜査機関による証拠の収集に関して、証拠の提出その他必要な協力をすること

検察官が見返りとして行う行為(350条の2第1項2号)

  • イ 公訴を提起しないこと
  • ロ 公訴を取り消すこと
  • ハ 特定の訴因及び罰条により公訴を提起し、又はこれを維持すること
  • 二 特定の訴因もしくは罰条の追加もしくは撤回又は特定の訴因もしくは罰条への変更を請求すること
  • ホ (いわゆる論告において)被告人に特定の刑を科すべき旨の意見を陳述すること
  • へ 即決裁判手続の申立をすること
  • ト 略式命令の請求をすること

内容

おおまかな流れ
  1. 検察官と、弁護人及び被疑者(又は被告人)との間で、合意に向けた協議を行う。
    ※協議は検察側、弁護側どちらから持ち掛けてもよい
    ※協議の過程は録音、録画されない。
    協議の内容は、例えば、「被疑者が検察官の取調べに際して真実の供述をすること」と、「検察官が被疑者について公訴を提起しないこと」を、合意できるかどうか、という点。
  2. 合意が整ったら、合意内容書面を作成する。
  3. 合意内容書面に基づき、取調べや証人尋問を実施

合意に向けた協議(350条の4)
   ⇓
合意内容書面を作成(350条の3)
   ⇓
取調べ(証人尋問)の実施

ポイント
  • 合意に向けた協議を行うのは、検察官と、弁護人及び被疑者(又は被告人)(350条の4)
    ただし、検察官の委任の範囲内で、警察官が協議の提案等を行うことができる
  • 検察官は、原則として事前に警察官と協議する必要(350条の6)
  • 合意内容書面は①検察官、②弁護人、③被疑者(又は被告人)が連署する
合意に違反した場合の効果

検察官側が合意に違反して公訴提起等をした場合(350条の2第1項2号イ、ロ、ハ、ニ、へ、ト)
公訴棄却の判決(350条の13)
 協議で行った供述、合意によって得られた証拠は証拠能力なし(350条の14)

被疑者(被告人)側が虚偽の供述をした場合
刑事罰(350条の15)

実務上の問題点

上記のような内容で制度としては整備されたが、以下に述べるように、実際に実施をするにあたっては、弁護側、検察側双方にとってリスクを伴う
 したがって、実際の事件においてこの制度が使われることはほとんどないと考えている。

  1. 検察官と、弁護人及び被疑者(被告人)は、事前に合意をするための協議を行うが、協議の中で、被疑者(被告人)がどのような供述を行うか、事実上やりとりしなければならない。協議を行ったが合意に至らず(被疑者側が望むような見返りを得られない場合など)、合意が成立しないこともある。
     被疑者(被告人)、弁護人側からすれば、「被疑者(被告人)の供述」という、取引材料の核心部分を、合意が成立するか分からない段階で他方当事者である検察官に事実上提供しなければならない(検察官も、供述内容が分からないと「見返り」を提示できない)。
     被疑者側としては、検察官に情報を提供したが、見返りが得られず丸損するリスクが常にある。これではそもそも協議は成り立たない。
     ※ なお、検察官は協議の過程で被疑者(被告人)の取調べを行うことができるとされているが(350条5項)、被疑者(被告人)には黙秘権があるし、取調べに応じる義務はない。合意が成立するか否かも定かではない段階で、取調べに積極的に応じるメリットもないであろう。
  2.  「合意」の内容は、被疑者が取調べや証人尋問に際して、「真実の供述をすること」であり、「特定の供述をすること」ではない。そうすると、検察側にとって、合意をしたとしても期待した証拠(供述)が得られるかどうか分からず、不安定である。検察官は、このような不安定な証拠方法を柱に立証することは通常せず、不安定な供述を除いたとしても有罪立証ができる程度の証拠収集をすることを優先する。
     また、検察側が被疑者(被告人)、弁護人に対して、協議を持ち掛けること自体、標的者に関して証拠が不足していることを表明するようなものであり、捜査の密行性を重視する検察にとってはハードルが高いであろう。
     以上のように、検察官にとっても使いづらいと思われる。
  3. 検察官が被疑者(被告人)側に与える恩恵は、①不起訴、②公訴取り消し、③特定の訴因での公判請求(維持)、④特定の訴因・罰条への変更・撤回、⑤特定の求刑意見、⑥即決裁判の申立、⑦略式命令の申立がある。
     しかし、②については原則検事総長決裁が必要で現実的ではなく、③、④については、そもそも公判請求される前提であれば被疑者(被告人)側にメリットがあるかどうか疑わしい一方、検察庁からすると実体的真実に目をつぶって訴因(罰条)を操作することに抵抗が大きいと思われる。
     ⑤については、検察官が特定の求刑意見を述べたとしても裁判所が拘束されるわけではないので被疑者(被告人)側にとってはメリットが大きいものではない。被疑者(被告人)側は、量刑に関する主張は直接裁判所に対して伝えれば足りる。
     ⑥の即決裁判は現状においてすら被疑者(被告人)側にはほとんどメリットはない。
     そうすると、現実的な選択肢として残るのは、①不起訴⑦の略式命令に限られる(⑦については選択刑として罰金が定められている罰条である必要)。
     そのうち、司法取引をしなくても不起訴又は略式起訴される場合には弁護側は協議に応じるメリットはない弁護側が協議に応じるメリットがあるのは、「司法取引を行わなければ確実に公判請求され、有罪となるケース」であるが、極めて限られてくる

    ※追記 平成30年3月19日付にて、最高検は司法取引の運用方針に関する通達を発した。報道によると、「地検が制度を使う場合は当面、高検検事長が指揮し、高検も最高検と協議して運用する」とのことである。現場の検察官にとっては、手続上のハードルは相当高い。

  4. 例えば不起訴の合意をしたとして、被疑者が取調べに応じたとしても、被疑者の供述調書が実際に使用されるのは他人の捜査を遂げ公判に至った段階である。被疑者の供述が虚偽であるか否かの点については、他人の公判がなされるまではっきりしないことも多い。このような場合に、合意が成立し取調べが終わった段階で直ちに不起訴とするのか。いったん処分保留で釈放されたのち、他人の公判の行方を待って終局処分がなされる、という可能性もある。特に年度をまたいだり担当検察官が交替する可能性のあるようなケースで、将来の終局処分を約束する合意を個々の検察官が現実に行いうるのか。
  5. 合意には検察審査会に対する拘束力はない(350条の11)。
     本来は起訴されて有罪とされていたものが、「取引」によって有罪を免れることについて、少なくとも現状は検察審査会の理解を得やすいかどうか疑わしく、検察審査会の審査で起訴相当とされる可能性が通常のケースより高いと考えなければならない。弁護人としては慎重になる必要がある。
     翻って検察官にとっても、公益の代表者としての性格や、検察審査会で結論が変わった場合のリスク等は、この制度を利用することに対する消極的要因として働く。
  6. 合意に向けた協議は、検察官側と、被疑者(被告人)・弁護人側のどちらから持ち掛けてもよいことになっている。しかし、本制度は取調べ過程の可視化制度といわば引き換えに導入された捜査側の便宜のための制度であること、被疑者側が自身の処分を軽減するために他人の犯罪を告白することは一般的に言われているように冤罪の可能性が類型的に高いことからすると、被疑者(被告人)及び弁護人側が、検察官が認知すらしていない犯罪について端緒を含めて情報提供し協議を持ち掛けたとしても、これまでと同様、第三者からの情報提供として、あるいは第三者としての取調べとして処理される可能性が高く、検察が協議に応じる可能性はさほど高くないと考えられる。

結語

 とはいえ、本制度の実際の運用は、本年6月1日に実施されて以降に定まってくる。今後の運用に注視したい。

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