刑事事件の解決事例⑤(保険金詐欺、無罪)



1 起訴された事実

 保険会社従業員の依頼者(Aさん)は、顧客であるB氏ら5名と共謀して、B氏が真実は怪我をしていないにもかかわらず、怪我をしたかのように装って、虚偽の診断書や、保険金請求書類を作成するなどして、保険会社に対して保険金請求を行い、傷害保険金を入手した、として起訴された。

 

2 Aさんの言い分

顧客Bに関する保険契約と保険金請求手続を行ったことは事実であるが、自身は単に業務として手続を行っただけで、それが不正請求であるとは知らなかった。また、他の者と犯罪の共謀を行ったことはない。

 

3 公判までの経過

 Aさんは、逮捕された直後は否認をしていたが、警察の不適切な取り調べによって、間もなく自白に転じた。そのまま、勾留期限に他の共犯者とされる者と一緒に起訴された。

 起訴後、保釈が認められたが、第1回公判期日が始まる前に、再び否認に転じた。

 

4 弁護方針の検討

 起訴後、検察官が公判廷で取り調べを予定している証拠の開示を受け、検察官側の立証方針を検討したところ、①主犯格の男性(C)の供述調書、②Aさん本人の自白調書、の2本を柱として、立証を行おうとしていることが分かった。

 また、Aさんが自白に転じた理由としては、取調官からの様々な働きかけ(圧力)のほか、自白に転じる直前にポリグラフ検査(うそ発見器)が行われ、Aさんがあたかも嘘をついているかのように決めつけられて取り調べが行われた、とのことであった。

 そこで、当方は、①主犯格Cに法廷で尋問を行い、その供述を崩すこと、②Aさんの自白が意思に反して採取されたこと、を弁護活動の大きな方針とすることとした。

 

5 証拠の収集・弁護方針の決定

 まずは①主犯格Cを中心に、関係者の供述調書全てと、②ポリグラフ検査に関連する証拠、③被告人の取調に関する記録(取り調べ開始・終了時間、調書の作成の有無などを記載したもの)、④取り調べ担当者が作成したメモ、を中心に検察官の手持ちの開示を受けた。

 証拠を検討した結果、主犯格Cの過去の供述調書には、Aさんに不正請求のことを伝えた経緯に関して、不自然な点があることがわかった。そこで、この不自然な点を、客観的な証拠と矛盾するという段階まで引き上げるべく、客観証拠の収集を行うこととした。

 また、Aさんは、もともと否認していたにもかかわらず、ポリグラフ検査を行ったすぐ後に自白に至っていること、そのポリグラフ検査自体も怪しいものであること、が分かった。

 以上の検討のうえ、主犯格Cの供述調書は全て争うこととし、その他関係者4名の調書は共謀に関係する部分を争うこととした。また、被告人の取調べを行った取調官の尋問も行うこととした。

 

6 第1回公判

 第1回公判は、関係者のうち3名と共同で公判が始められた。他の3名は、当方と弁護方針が異なったため、分離されることとなった。そして、翌第2回公判では、主犯格Cの尋問を行うこととなった。

 なお、本件は保釈後に否認に転じた事案ではあるが、保釈後に否認に転じただけでは、保釈が取り消されることにはならない。本件も、無罪判決に至るまで、Aさんは保釈された状態であった。

 

7 第2回公判

 主犯格Cの尋問。

 主犯格Cは、検察官からの質問では、Aさんに何度も不正請求のことを伝えていた、知らなかったはずはない、と供述していた。

 弁護人側は、まず、被告人に不正請求のことを伝えるに至った経緯や時期、そのきっかけとなる出来事の有無などについて、詳細に質問していった。Cは、きっかけとなった出来事については全く答えることができず、また、経緯や時期についても明確でないばかりか、検察官に対する回答と矛盾するような供述を行った。

 また、過去の調書での不自然な供述について、過去の調書の記載内容が間違いないか確認する尋問を行った。Cははぐらかすなどしていたが、最終的には、調書の記載内容は間違いない旨、供述するに至った。この供述は、当方手持ちの客観証拠と矛盾するものであるが、事前に準備されるのを防ぐため、この段階では裁判所に提出していない。

 

8 第2回以降

第2回目以降、残りの関係者のうち3人と、取調担当警察官、ポリグラフ検査を実施した技官の尋問、Aさんの尋問(取り調べに関する部分と、罪体に関する部分の2回)を行った。また、当方からはCの供述と矛盾する客観的証拠を提出した。

 取調担当警察官は、検察官の質問では問題のあるような取り調べを行っていない、との供述を行っていた。しかし、弁護人からの質問では、Aさんの関与を示していたCの供述内容を踏まえてAさんの取調べに臨んでいたこと、否認していたAさんが嘘をついていると確信して取り調べを行っていたこと、Aさんが嘘をついていると確信していた理由について「(Aさんが)顔を赤くした」などという非科学的な根拠であったことなどを供述した。また、ポリグラフ検査後に行われた取り調べにおいて、警察官は、ポリグラフ検査で「被告人が嘘をついている」との結果が出たかのように仄めかしながら、1時間以上にもわたり、「本当のことを言え」などと同じ質問を繰り返して「追及」したことを認めた。警察官自身、「もう押し問答じゃないですけど、繰り返し。」と述べていたほどであった。

 

9 判決

 平成27年4月15日、無罪の判決が言い渡された。

 検察官が立証の柱としていた証拠のうち、まず①Cの供述については、信用でいないものと評価した。その理由としては、「(Cの供述の)内容は総じてあいまいであり、また、具体性にも欠ける。また、Cは、情を知らないAを不正請求に加担させようというのであるから、Aを誘うことによる発覚等のリスクや、無関係のAを巻き込むうしろめたさなどにつき、相応の心理的葛藤があってしかるべきであるが、そのようなものを伺うことはできない」と述べている。また、弁護人が提出した証拠と矛盾する供述をしている点も指摘されている。

 Aさんの自白調書についても、信用性が否定されている。

 理由としては、客観的証拠と整合しない、供述調書自体の内容もあいまいなど、調書の内容に疑義がある、また、取調べの方法に関しても「(Aの供述はCの供述と概ね符合しているものとみられるところ)取調官は、Cの供述の内容は全て頭の中に入っていたので、これと被告人の供述とが全く違うところがあり、被告人が嘘をついているとの心証を有していたことを公判廷において認めており、被告人に対する(取調官の)認識や、それに基づく示唆、追及等がCの供述内容と符合する供述調書が作成された原因となった可能性を否定することができない」としている。

 

10 確定

 検察官は、控訴することができず、無罪判決は確定した。

 

11 費用補償、刑事補償

 無罪判決を得た場合、無罪に要した費用について、国に対して費用の補償を請求することができる。また、身柄を拘束されていた場合は、その拘束期間に相応して、補償金を取得することができる。

 本件では、両者を併せて合計約130万円の補償金を得ることができた。もっとも、Aさんとしては、無実であるにもかかわらず身柄拘束され、1年近くもの間被告人という立場で裁判の対象になっていたのであり、その間多くの出費があっただけでなく、精神的にも不安定な状態にさらされていたのであり、130万円の補償金では到底賄えない損失を受けていることは留意しておく必要がある。

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