養育費等の差押えを容易にするための民事執行法改正
概要
2019年5月17日、民事執行法を改正する法律が公布され、公布から1年以内に施行されることになっている(現時点では施行日は未確定)。
改正法では、従前からあった財産開示手続制度が強化されたほか、主に金銭債権の強制執行を容易にするための制度が新設された。
その中でも、特に実務上大きな意味を持ってくるのが、養育費等の支払いが未払いの場合に行う債務者の給与債権の差押えに関する規定の新設である。以下、この制度について説明する。
給与債権に係る情報の取得手続
従前の実務上の問題点
裁判所が判決等によって債務者に金銭の支払いを命じても債務者が任意に支払いをしない場合、債権者側は強制執行をしなければならない。債務者に特に目立った財産がない場合、債務者が勤務先から受け取る給与の差押えが有力な手段であった。
しかし、給与債権の差押えをするためには、債務者の勤務先を債権者の側で把握している必要があり、債権者が債務者の勤務先を把握していない等の場合には給与債権の差押えができない。債務者が稼働している場合、租税等や年金など関係で、公的機関が債務者の勤務先を把握しているのが通常であるが、債権者側は、個人情報保護等を理由に、公的機関から債務者の同意なしに勤務先に関する情報を取得することは困難であった。
今回の民事執行法改正では、裁判所での手続によって、公的機関から、債務者の勤務先に関する情報を取得する制度が新設された。
制度の概要
- 対象となる債権
①婚姻費用、養育費等、親族間の扶養料等請求権
②人の生命若しくは身体の侵害による損害賠償請求権 - 申立権者
上記①、②の債権について、債務名義(確定判決、和解調書、調停調書、審判、執行認諾文言付公正証書等)を有する者 - 手続
・まず財産開示手続を経なければならない(財産開示手続前置。民事執行法206条2項、205条2項)
・財産開示手続における財産開示期日から3年以内に行わなければならない(同上)。
・財産開示手続とは別に、裁判所に申立てを行わなければならない。 - 情報提供義務者
・市町村
・日本年金機構等(日本年金機構、国家公務員共済組合、国家公務員共済組合連合会、地方公務員共済組合、全国市町村職員共済組合連合会、日本私立学校振興・共済事業団) - 手続の流れ
・債権者が財産開示手続を経た後、地方裁判所に債務者の給与債権に係る情報取得の申立を行う(206条1項)。
管轄裁判所は、①債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所、②①がないときは、情報提供義務者の所在地を管轄する地方裁判所(204条)。
・裁判所が、債権者の申立を認容する場合、情報提供義務者に情報の提供を命ずる決定をし、情報提供義務者に送達する(207条2項)。
・情報提供義務者は、裁判所に書面で情報の提供を行う(208条1項)。
・裁判所は、情報の提供がなされた旨を申立人に通知する(208条2項)
コメント
・これまで、債務名義(確定判決、和解調書、調停調書、審判、執行認諾文言付公正証書等)を有していたが支払いを受けられなかった人でもこの制度を利用することはできるので、あてはまる方は弁護士に相談してみてください。
・対象となる債権は、①婚姻費用、養育費等、親族間の扶養料等請求権のほか、②人の生命若しくは身体の侵害による損害賠償請求権に限られます。
②には純然たる貸金返還請求権等は含まれず、交通事故や傷害事件等でも、人損部分は含まれるが物損部分は含まれません。裁判上の和解や調停での合意をする場合、今後は、確認条項において、②に該当する部分についてはその旨は明示することが必要になるでしょう(実務上従前よく利用されていた「解決金」名目での金銭支払義務の確認では、この制度を利用できない可能性がある)。
・財産開示手続を先行させなければならないことに注意。
※ 令和2年1月23日追記
本改正民事執行法は、政令により、原則として令和2年4月1日に施行されることが決まりました。