自筆証書遺言書に斜線を引く行為が遺言の撤回とみなされた事例(最高裁平成27年11月20日判決)
1 問題の所在
自筆証書遺言は、作成の際に「全文、日付及び氏名を自署し、これに印を押す」ことが要求されています(民法968条1項)。
いったん作成した自筆証書遺言を加除・変更する場合、「遺言者がその場所を指示し、これを変更した旨を付記して、特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない」とされています(民法968条2項)。
つまり、自筆証書遺言は、いったん作成した後、加除・変更する場合には、法の定める厳格な方法による必要がある、とされています。
他方、いったん作成した後、遺言書を撤回することも可能であり、「前の遺言を撤回する」旨の遺言書を作成する方法(民法1022条)のほか、「遺言者が故意に遺言書を破棄したとき」は、その破棄した部分について、遺言を撤回したものとみなす、とされています(民法1024条)。
今回のケースで問題となったのは、遺言者が、いったん作成した自筆証書遺言に、文面全体に、左上から右下にかけて赤色のボールペンで斜線を引いた、という場合で、この場合に、遺言書が有効か無効(撤回されたとみなされるか)が争われました。
なお、発見された遺言書にこのようにボールペンで斜線が引かれていた場合、実際には斜線を引いたのが遺言者自身か否か、という点は通常大きな争点となりますが、最高裁は、この点については遺言者が斜線を引いたもの、という事実を前提としています。遺言者以外の第三者が斜線を引いた場合には、全く別の話になります。
2 原審の判断
原審は、遺言書の撤回に関する1024条を厳格に解釈し、「遺言者が故意に遺言書を破棄したとき」にはあたらないと判断しました。その理由としては、斜線が引かれた後も元の文字が判読できる状態にあるから、としています。
3 最高裁の判断
しかし、最高裁は、原審と全く異なる判断をし、遺言書に斜線を引く行為は、「遺言者が故意に遺言書を破棄したとき」に当たるとし、遺言の撤回になると判断しました。
理由としては、ごく単純ですが、「赤色のボールペンで文面全体に斜線を引く行為は、その行為の有する一般的な意味に照らして、その遺言書全体を不要のものとし、そこに記載された遺言の全ての効力を失わせる意思の現れと見るのが相当」としています。
文面全体に赤色のボールペンで斜線を引く行為は、普通に考えて、その書面の効力を失わせる意味合いだと、遺言者の意思を解釈したわけです。
4 コメント
最高裁の判断は一般的な感覚に合致したごく常識的なものですが、最高裁は、文面全体を赤色のボールペンで斜線を引いた場合の判断がなされただけです。
例えば、鉛筆の場合や、文面全体でなく一部の記載だけ斜線で引いた場合には、異なる結論となる可能性があります。文面の一部だけに斜線を引いた場合には、その部分だけの撤回(一部撤回)と解釈するのが一般的な感覚かと思いますが、鉛筆で斜線を引いたに過ぎない場合には判断が難しいところです。
いずれにしても、遺言書は、あいまいな形で撤回すると後々相続人間で争いになる可能性が高まりますので、撤回する場合には、書面自体を破棄するか、判例の事例のように斜線を引いたうえで「撤回する」旨記載しておく、などの必要があるでしょう。