認知症の夫による火災と妻の責任(大阪地裁平成27年5月12日判決)


平成27年8月24日付の朝日新聞の記事ですが、妻の留守中に認知症の夫が火災を起こし、隣家に延焼させた件についての大阪地方裁判所の判決についての気になる記事が掲載されていました。朝日新聞平成27年8月24日

事案は、82歳の認知症の夫と、妻が2人暮らしの家屋で、妻が郵便局に出かけて留守の間、夫が紙くずにライターで火をつけて布団に投げ、夫婦の家屋のほか、隣家に延焼した、というケースです。隣家の住人が、妻に対し、夫の監督義務を怠ったとして、損害賠償を求めていました。

記事によると、判決は、「火災の前月ごろから夫は認知症が進み、姉に『妻が死んだ』と電話するなど妄想による言動があったと指摘。民法752条の『夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない』という規定を踏まえ、妻には夫が異常な行動をしないか注意深く見守る義務があったとし、夫を残して外出したことは『重い過失』と判断した。」とのことです。

判決文自体ではなく、新聞記事だけからの評価になりますが、記事の記載を前提とすると、非常に問題のある判決だと感じます。

まず、誤って火災を起こしてしまい、隣家に延焼が発生した場合の責任ですが、通常の過失があっただけでは責任を負わず、「重大な過失」があった場合にだけ責任を負うこととなっています(失火責任法)。これは、日本では木造家屋が多いため、ひとたび延焼が起こると責任が過大になりすぎることから、責任を軽減したものです。

これを妻の監督責任の場合でみると、①妻が夫を監督すべき義務があり、かつ、②その義務に「重大な過失」でもって違反する、という場合に、妻に監督責任が発生することになります。

①の監督義務に関して、記事を前提とすると、民法752条(の趣旨)を根拠としているようですが、民法752条は本来、夫婦の同居義務、夫婦の協力義務、夫婦の扶助義務(婚姻費用の負担等)など、夫婦相互間の義務を定めた規定です。夫婦は、自ら決定した精神的・肉体的・経済的結合であることをから、(兄弟などの)他の親族間と比べて相互に重い義務を負うべきとされているものです。

 このような夫婦相互間の義務(の趣旨)が、直ちに第三者への責任の根拠となると考えるのには疑問があります。752条の規定からすると、記事にもあるように、「妻には夫が異常な行動をしないか注意深く見守る義務」がある、と言えるでしょうが、これは、あくまで妻の夫に対する義務であるはずで、第三者との関係での義務とするのは論理の飛躍があると思われます。

百歩譲って、752条に基づいて第三者に対しても重い義務を負うとしても、本件のケースで「重大な過失」があったと評価するのは、問題があります。判決は、前月ごろから夫の認知症が進んでいたことなど、認知症の程度が重篤であった(重篤となりつつあった)ことを重視していると思われますが、2人暮らしの夫婦で生活の必要上一時的に外出することはやむを得ないことだと思います。

夫が普段からライターで火をつける行為を繰り返すなど本件失火行為が高度に予見可能であり、かつ、例えば一時的に留守番を頼める親族が近隣にいるなど目を離すことなく見守ることが容易であるなどの特別の事情がないかぎりは、「重大な過失」と認定すべきではないと考えます

日本は超高齢化社会・核家族化が進み、老老介護が珍しくありません。認知症を患った家族でも施設に入れず自宅で生活させてあげたい、と考えることもごく普通の感情です。本件判決は、認知症の方を介護する者に対して、極めて重い責任を課すもので、事実上施設に入居させるか、24時間付きっ切りで介護することを要求するに等しいものです

数年前、認知症の方が家族の目を離したすきに踏切に立ち入って事故が発生した件で、家族に莫大な賠償義務を課した判決が出ましたが(この判決については別の機会に触れたいと思います)、本件判決は、この踏切事故の判決と同様に、老老介護が多い日本の現状にそぐわないものだと思います。

今回のケースは高等裁判所に控訴されているようですが、認知症の家族に重すぎる責任を課すことがないよう、慎重に判断されるべきと考えます。

 

(※ 追記)

なお、一連の裁判所の判断は、認知症患者の家族の側に賠償責任保険への加入を促し、発生した損害について社会全体でカバーするという政策的観点が背後にある可能性も考えられます。かつて医療過誤訴訟において、患者側の責任を広げつつ、医者側の賠償責任保険への加入を促し、損害を保険で賠償させるという流れが形成されたことがあります。今回も裁判所の主導による実質的な社会政策が背後にあるのかもしれません。

しかし、認知症患者の家族が加入する賠償責任保険は、少なくとも現時点では一般的ではなく、その存在すらほとんど知られていません。国も全く広報していません。このような現状にかんがみると、裁判所が将来的における方向性を指摘するならともかく、政策的意図から現実に発生した個々の案件で家族側に犠牲を強いることは極めて酷であろうと思います。背後に政策的意図があったとしても、今回のケースに関しては(JRのケースも含む)、やはり慎重な判断が望ましいと思います。

 

 ※追記(平成27年10月10日)

 本件はその後、大阪高等裁判所で「妻に重い過失はない」とする前提で和解が成立したとのことです。

 

 

 

 

 

 


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